落そうとして、やっと食いとめながら眼をまるくして、室の一方を見つめます。
寝台の上に半分ばかり毛布をかけて、一人の若い女が寝ていました。
よく眠る家だとでも思ったのでしょう。前の少年は仮睡であるが、これはとにかく、休むつもりで寝台の上にいる――だが病人ではない、こうして、日中も身を横たえておらねばならぬほどの病人とは思えない。それほどにはやつれが見えない。あたりまえの若い娘、ことになかなかの美人である。それと、ねまきを着ているわけではないのだが、これは本式に寝台に横たわっているとはいえ、やはりうたた寝の種類に違いない。
そうしてみると、この国は、よくうたた寝をする国である。毎日一定の時間には、必ず一定の昼寝をするように定められているのか知らん、と、闖入者《ちんにゅうしゃ》は疑ったのではあるまい。思いがけないところに、思いがけない異性を発見したものだから、その好奇心が、極度に眩惑されてしまったものと見える。
だが、好奇心というものは、もとより事を好むものであります。事がなければ、そのまま消滅してしまうものですが、事がありさえすれば、いよいよ増長して、ついに、罪悪の域まで行かなければとどまらないものであります。それを引きとどめるのに、自制心《コントロール》がある。それを奨励するものに、アルコールがある。
今や、このウスノロ氏には、自制心が眼を閉じて、アルコールが活躍している時だからたまりません。
「エヘヘヘ……」
と忽《たちま》ち薄気味の悪いえみを催しながら、おもむろにこの寝台へ近づいてみました。
この際、美しい女でなくとも、単に異性でありさえすれば、好奇心を誘惑するには十二分でありますが、不幸にして、寝台の上なる女は、浮世絵の黄金時代に見る面影《おもかげ》を備えた美しい女でありました。
多分、碧《あお》い眼で見ても、美しい女は美しく見えるだろうと思う。
ウスノロ氏が、ニヤリニヤリと笑いながら、いよいよ近く寝台に寄って来るのを、軽いいびきを立てている当の主《ぬし》は、いっこうさとろうとはしません。
それに、この時はどういうものか、金椎《キンツイ》を驚かさないように、あの室で食事をした以上の慎重さを以て、徐々《そろそろ》と近づいて行き、やがて、寝台の欄《てすり》のところへすれすれになるまで来ても、じっと娘の顔を見たままで、ほとんど手放しで涎《よだれ》を流
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