」
「米の代りになりますか?」
「外国では、米の代りに、常食としているところがあるそうです。濃厚な肉食をしている西洋人は、副食物のようにして、好んでこれを用います。ですから、或いはこのジャガタラは、西洋人が落したものかも知れません。もしそうだとすれば、ワザと捨てたのか、それとも船がこわれたのか……」
「腐ってはいないようだから、ワザと捨てたんではありますまい、この辺の百姓が作って、干して置いたのを、波にさらわれたのではないかしら?」
「そうかも知れません……しかし、まだこの辺の百姓が、ジャガタラいも[#「いも」に傍点]を作っているのを見かけませんが……」
駒井は、まだこのジャガタラいも[#「いも」に傍点]の存在に不審が解けきれないでいると、白雲は画框《がわく》を岩上にさし置いて、懐中から風呂敷を出して砂上にひろげ、
「それほどうまいものなら、持って行って食べてみましょう……西洋人に食えるものが、われわれに食えないというはずはない」
といって、その根塊の特にうまそうなのを選んでいちいち拾い上げて、その風呂敷に包みはじめました。
田山白雲は、晩餐《ばんさん》の賞美の料としてのジャガタラいも[#「いも」に傍点]をブラ下げて行くと、駒井甚三郎は、白雲のために、代って画框を受取って、海岸を帰途につきました。
その時、駒井はこんなことを言いました。
もし、自分が海外のいずれへか植民をしようという場合には、とりあえずこのジャガタラいも[#「いも」に傍点]を植えつけてみたい。その手始めに、この地方へ栽培を試みようと思ったが、ツイにそこまで手が廻らなかったのが残念だ。船を造ることに急にして、農業のことを忘れたのが残念である――植民は農業から始めなければならぬ――というようなことを言う。
「いけないのは、武力を以て、従来の土着の者を征伐して、その耕した土地を奪おうということです。それで一時成功しても、永く続こうはずがありません。やはり、新天地を求めて、自分から鍬《くわ》を下ろして、土地を開かなけりゃうそ[#「うそ」に傍点]です」
駒井はこのごろ、新しくそれを悟ったもののようにつぶやく。
「その新天地というのは、いったいどこにあるんです?」
白雲がたずねる。
「至るところに新天地はありますよ、われわれはまず、このジャガタラの地方へ行ってみたいと思う」
「ジャガタラとは、どっち
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