それを解いて、やがて徐《おもむ》ろに被害者を地面まで吊下ろしました。
 そうしておいて、縛《いまし》めを解いてお銀様は、その被害者の介抱に取掛りました。
 お銀様は活法《かっぽう》を知りません。急救療治の方法もよくは心得ておりません。介抱してまず耳に口をつけて、
「おーい」
と呼んでみました。
 その手答えは極めて遅く、程あって、軽い呻《うめ》きの声が起るばかりです。
「おーい」
 お銀様はなんとかこの被害者の名を呼んでみなければ、呼び醒《さ》ます声に力の入らないのを感じ、兄さん――と呼ぼうかと思ったが頭がまるい。坊さんと呼ぶには年が若い。そこで暫く言句に詰まっていたが、急にあわただしく、
「あ、これは――これは弁信さんじゃないかしら?」
 発止《はっし》と思い当ったのは、裂かれたる琵琶です。疑うべくも、疑うべからざる証拠のあるものを、何として今まで気がつかなかったのだろう。
「弁信さあん、しっかりなさいよ」
 お銀様は、砕けるほどかたく弁信を抱きしめて、あらん限りの声で叫びましたが、その声は今までと違って、天来の力が籠《こも》ってでもいたように――そこで、声と、力とが、神に通じたか、以前よりも、もっと頼もしい息づかいで唸《うな》りを立てました。
「弁信さん、しっかりなさい」
 お銀様は弁信をしっかりと抱きしめて、四方《あたり》を見廻しました。それは水を欲しかったのです。水があらば一口飲ませてやりたいものと、それで忙《せわ》しく、四方を見廻したけれども、そこには水のあろうはずがありません。
 しかし、少しも失望することはない。この松原の中を一散に走れば釜無川の岸である。そこには落ちて富士川となる水が潺湲《せんかん》と流れている。
 お銀様は、弁信を抱いたなりで、松原の中をひた走りに走りました。
 やがて釜無川の岸。
 お銀様は、その水を含んで飽くまで弁信の面《かお》に注ぎ、飽くまでその口に飲ませようとし、そうして三たびあらん限りの声で呼び醒《さ》ましました。
 この声に、眠りの醒めないということはありません。
 息を吹き返した弁信に、お銀様は自分の羽織を脱いで着せ、
「弁信さん、どうしたのです」
「ああ――」
 弁信は長く息を引いて、深く空気を吸い込み、
「ああ、わたしは助かりましたか?」
「助かりましたよ。どうしてこんな目に逢いましたの?」
「あなたはお銀様ですね
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