あります。
 舞台の方に味方がないのに、見物の方に共鳴が多いのですから、周章者が、いよいよ狼狽《ろうばい》しました。
 この周章者も、最初からの様子をよく知っていたならこういうこともあるまいに、外出していたところへ、芝居に騒動が持上って、見物が役者をとっちめたと聞いた早耳で、血相をかえて舞台へ飛んで来て、いきなり百姓呼ばわりをしたのが悪かったのです。
 仏頂寺、丸山、壮士らは取合わず、元の座へ戻って、次の百姓問題を笑いながら見ていました。
 道庵先生も、一時は、その不意に驚かされましたが、やがて事のなりゆきを見て、これはあの連中の処分に任《まか》しておいた方が面白かろうと、引返して見物席に納まる。
 そこで十余人の川中島の百姓たちは、周章者を小突き廻して、こもごも百姓のいわれを詰《なじ》りはじめる。
 周章者《あわてもの》は、決して農民を侮辱する意味で百姓といったのではない――と弁解する。侮辱する意味でなければ何の意味で、百姓呼ばわりをしたのだと押返す――口癖だという。悪い口癖だと口を抓《つね》る。
 普通の百姓ではこうはゆきますまいが、信州川中島の百姓は、ことに福島正則以来を誇りとするこの部分の川中島の百姓には、強いのがおりました。この上月は帯刀の身分であった上に、連れて来た十余人の百姓たちも利《き》かない気であった上に、力もあれば、相当に剣術も心得ている。以前の時は傍観者の地位にいた上月も、百姓呼ばわりの悪態が聞捨てならず――指図はしないが、差留めもしなかったのです。
 この十余人の百姓たちは、周章者を懲《こ》らしめのため、一つはまた百姓という名前のために、この男を捕えて、見物一同の前に失言の取消しと、謝罪をやらせようとする時、気の立った見物が、それだけでは承知しないで、今後の見せしめに肥桶《こえたご》をかつがせて、舞台を七廻り廻らせろと発議する者もありました。
 それはあまりに酷《むご》い。しかし、百姓を侮辱するのは、つまり食物を侮辱するのである。食物を食うことのみを知って、その貴《たっと》きを知らない奴には、その有難味を思い知らせるがよい。そこで米俵を背負わせて、舞台から花道を七廻りさせるのが順だろう、という説も出ました。
 そこで、この周章者は四斗俵を背負わせられて、猿廻しをするように、前後をたたき立てられながら、舞台から花道を廻らせられることになる。
 
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