あんな偉い人と同姓では恐れ多いといって、わざと武野様と改めたのだ。曲亭馬琴様が正木大膳様を政木大全様と改めたのは、やはりその時に、お旗本に同名の人があったからそれを遠慮したのだ。名人、大家でなくとも、人間として、そういう礼儀がなかるべからざるものだ。それを貴様らの分際で、だいそれた名前を冒《おか》し、盲目《めくら》千人の世を欺こうとしてもそうは問屋が卸さぬ。この道庵の如きは武州熊谷以来、ちゃあんとそれを見抜いている。あのここな不埒者様《ふらちものさま》!」
と言って道庵は、痛くもない扇子で、無性《むしょう》にピシャリ、ピシャリと弁慶を叩きました。
仏頂寺が押えているところを叩くのだから、叩く方も骨が折れない代り、叩かれる方もあんまり痛くない。
しかし、この続けざまが幾つ続くのだかわからない。無性に叩き出し、しまいには一貫三百の調子で叩き出したから、仏頂寺も見ていられないで、
「御老人、いいかげんになさい」
と窘《たしな》めました。そこで道庵が扇子を引き、
「恕《ゆる》し難き奴なれども……」
と勿体《もったい》をつけて、そこで改めて道庵が、仏頂寺を煽《おだて》るような、宥《なだ》めるようなことをいって煙に巻き、とうとう弁慶を解放させて、一座へ引渡すことにまで運びました。仏頂寺とても、悪くこだわっているわけではない。今後を戒めて老人に花を持たせ、さっさと舞台を引上げて帰ることになって、道庵のとりなしぶりはとにかく鮮かな結果です。
そこで、見物も存外おだやかな解決を喜ぶ者もあれば、不足に感ずるものもあり、舞台の方では、それぞれ持場について、こうなっては明日からの興行はできない、今晩のうちにも、無事にこの土地を立退くのがりこうだという考えになり……今日の入れかけは別に半札を出せという見物もなく、ともかく、これで幕を引こうというところへ、よせばいいのに楽屋の奥から、周章者《あわてもの》が息せき切って飛び出して来て、舞台の真中に突立つや、顔の色を変えて、帰りかける見物の方に向い、
「百姓!」
と大きな声で怒鳴りましたから、見物はまた何事が起ったのかと足を停めました。
この周章者は、多分、よそから戻って楽屋へやって来たばかりのところでしょう。そうでなければ、今までの経緯《いきさつ》をよく知っていて、こんなところへ事壊しに飛び出すはずはないのだが、どうしたものか、せっかく納
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