まらないものがあるように、
「丸山」
と再びその名を呼びかけて、
「今の海老蔵は、ありゃ何代目だ」
「左様」
丸山勇仙もそれに確答は与えられないらしい。
「海老蔵が団十郎を襲《つ》ぐのか、それとも団十郎が海老蔵になるのか」
「そうさな」
丸山勇仙は、それにも明答は与えられないらしい。
「第一、あの岩見の剣法なるものが、テンで物になっちゃいないじゃないか」
「そこは芝居だよ」
「芝居とはいいながら、海老蔵ほどの役者になれば、もう少し気がつきそうなものじゃ。箱崎の松原でバタバタと二十何人も斬って、いい心持で見得《みえ》を切ったあの気障《きざ》さ加減はどうだ。それに今のあの宇都宮の道場とやら、一刀流と看板が掛けてあったが、岩見の時代にまだ一刀流はない。あの道具、竹刀《しない》、あんなものもまだあの時代には出来はしない。その上、出る奴も、出る奴も、最初から、みんな岩見に擲《なぐ》られに出るので、かりにも岩見と張合ってみようという意気組みのものは一人も見えない、岩見はあいつらを擲るように、あいつらは岩見に擲られるように仕組んであるのが見え透《す》いて、ばかばかしくってたまらない」
「そこが芝居だよ」
「芝居とはいいながら、岩見重太郎をやる以上は、岩見重太郎らしいものを出さなけりゃなるまい、あれでは、海老蔵はこのくらいエラいぞということを丸出しで、岩見という豪傑は、テンデ出ていない」
「そう理窟をいうな、そこが芝居だよ」
「芝居とはいいながら、名優というものは、すべての役の中に自分というものを打込んで、それに同化してしまわなければ、至芸というものが出来るものではない、たとえば団十郎の由良之助《ゆらのすけ》に、由良之助が見えず、団十郎が少しでも出て来た以上は、団十郎の恥だ。しかるにこの芝居は海老蔵だけが浮き上って、重太郎は出て来ない、この海老蔵は人気取りの場当り役者で、決して名優の部類ではないぞ」
仏頂寺弥助がこういうと、四辺《あたり》の桟敷の人が聞き咎《とが》めました。この連中はすべて海土[#「土」に傍点]蔵に随喜渇仰している連中で、息をもつかないで海老蔵を讃美している。その傍でこういって、つけつけと自己崇拝の名優を貶《けな》しつける者があるのだから、自分の本尊様の悪口でもいわれたように、非常に腹を立てて、不興な眼をして、仏頂寺の方を睨まえましたけれど、なにしろ腕っ節の利
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