ざわ》めき立ちました。
「ひとさらい……」
 だが、もう遅い。
 ついにその近きあたりのどこを探しても、それらしい人の影を見出すことができませんものでしたから、一時、お祭りは中止の姿で、その奇怪のひとさらいの噂《うわさ》で持切りであります。
 たしかに小さいながら人間の形をしたものがこの道標《みちしるべ》の下から飛び出して、俺の頭の上を走ったには走ったが、その姿を見ることはできなかった、しかしその足は温かい足で、長い爪があったという者がある――いや、なんだか、俺の頭の上を通ったのは泥草鞋《どろわらじ》のようだったという者もある。それが、いきなり老人に飛びつくと、老人が「済まねえ」と謝罪《あやま》ったという者もあれば、謝罪ったのは飛び出して来た小者《こもの》だという者もある。
 しかし、幸いなことは、どちらがさらったにしても、さらわれたにしても、それは少しも土地ッ子の怪我《けが》ではないということで、誰に聞いてみても、あの頼まれもしない世話焼の親爺の何者であるかを知った者はなく、またこの道標あたりから飛び出したものの何者だか見極めた者もなく――どちらにしても氏子には、誰ひとり間違いが無かったということを喜び、結局、今のは天狗様だろうということに衆議が一決しました。
 つまり、辛犬《からいぬ》の山に棲《す》む天狗が、今夜の祭りの興に乗じて里へ出て見たが、面白さに堪らなくなって、つい人間と共に踊り、人間と共に楽しむ気になってしまったのだ、天狗が遊びに出たのだ、それも人を迷わしに来たのではない、人間と共に楽しみに来たのだから、それは怖いことではなく、賀すべきことである、いよいよこのお祭礼《まつり》の景気と瑞祥《ずいしょう》を示す所以《ゆえん》であると解釈がついてみると、右の老人のただ者でないという証拠が、あちらからもこちらからも提出されて、天狗から直々《じきじき》の指南を受けた人たちの持て方が大したものであります。
 天狗も来《きた》り遊ぶということで、この夜の景気がまた盛り返してきたのは、時にとっての仕合せでした。

         二十四

 しかし、天狗の評判があまり高くなったものだから、道庵主従も浅間の湯に泊ることには気がさして、松本の城下を指して宿を替えることにしました。
 城下は相変らずの景気でありますが、そのうちにも道庵をして絶えず大笑いに笑い続けさせたのは
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