ろうが、道庵ひとりを探すために、温泉場の全体を騒がすのは考えものです。
「兄さん、人を探すんなら探すように、帳場へでも頼んで……いったい、お前のお連れというのは何という宿屋に泊っているんだか、それをいってみな」
 世話好きに訊ねられて、米友が、
「何という宿屋に泊っているんだか、それがわかるくらいなら、こうして怒鳴って歩きゃしねえよ」
「なるほど……それじゃ、お前さんのお連れは何商売で、年は幾つぐらいで、人品は……?」
「商売はお医者さんで、年はもうかなりのお爺さんで、人品は武者修行だ」
と米友がたてつづけに答えました。
 いったい、これはどうしたのだ。尋ねている方が迷子だか、尋ねられているのが迷子だか、わからなくなりました。
 そこへ、またも全浅間の湯を沸かすような賑《にぎ》わいが持込まれたのは、塩市を出た屋台と手古舞《てこまい》の一隊が、今しもこの浅間の湯へ繰込んだということで、遥かに囃子《はやし》の音が聞える、木遣《きやり》の節が聞える。
 そこで、米友をとりまいていた連中も、米友を振捨てて走り出したから、全然|閑却《かんきゃく》されてしまった米友。
 果して、今しも城下から練込んだ養老のダンジリ。
 それを若い衆がエンヤラヤと引いて、手古舞、金棒曳きが先を払う。見物が潮のように溢《あふ》れ出す。
 そこで、誰も米友を相手にする者のなくなったのもぜひないこと。
 ダンジリは上方式、手古舞と金棒曳きは江戸前、若い衆は揃い、見物と弥次とは思い思い。
 屋台の上の囃子は鍔江流《つばえりゅう》。
 この練込みの世話焼に、一種異様な人物が飛び廻っている――
「さあ、しっかりやってくんな、何でもお祭りというやつは江戸前で行かなくちゃあいけねえ、女房でも、子供でも、叩き売ってやる意気組みでなけりゃ、江戸前のお祭りは見せられねえ、ケチケチするない箆棒様《べらぼうさま》」
といって屋台の下から、手古舞のところまで一足飛びにかけて来て、
「そこの芸者、いけねえよ、その刷毛先《はけさき》をパラッと……こういう塩梅式《あんべいしき》に、鬼門をよけてパラッと散らして……そうだ、そう行って山王《さんのう》のお猿様が……と来なくっちゃ江戸前でねえ。おい、こっちの芸者、それじゃお前、肌のぬぎ方がいけねえやな、こうだ、同じことでもこういう塩梅式に肩をすべらせると見た目が生きてらあな、それそれ。
前へ 次へ
全176ページ中134ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング