り、塩市の誉れを歌い、謙信の徳を称《たた》えるものであるらしいが、歌詞はさっぱりわからない。
時々起るその合唱をほかにしては、森《しん》としたもので、空気全体がどこの温泉場も同じように、温かでしっとりしている。その時また、だしぬけに、
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天文《てんぶん》二十三年秋八月
越後国春日山の城主
上杉入道謙信は
八千余騎を引率して
川中島に出陣あり
そのとき謙信申さるるやう
加賀越前は父の仇《かたき》
これをほふりてその後に
旗を都に押立てて
覇《は》を中原に唱へんこと
かねての覚悟なりしかど
かの村上が余儀なき恃《たの》み
武士の面目もだし兼ね……
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悲調を帯びたりんりんたる節が聞えたかと思うと、ぴったり止む。
あれは何だ。詩ではない。浄瑠璃《じょうるり》でもない。相生町の屋敷でよく聞いた琵琶の歌に似て、悲壮にして、なお哀哀たる余韻《よいん》の残るものがある。
その歌の一節が急遽《きゅうきょ》にして起り、急遽にして止む。
拭い終った刀を鞘《さや》に納めると、外の通りが騒がしい。
「何だ、何だ、どうしたんだエ、火事でも起ったのかエ」
「火事じゃない、迷子《まいご》だ」
「迷子か」
今までのは忽《たちま》ちにして起り、忽ちにして消えても、それは音律に協《かな》った音調。今度のは市人が路傍でガヤガヤと騒ぎ出したのです。
「迷子かい」
「迷子ですとさ」
家並《いえなみ》の人が戸を押しあけて、通りへ飛び出して罵《ののし》る。その中で、
「ちぇッ、おいらの先生が、またいなくなったんだ」
小焦《こじれ》ったく啖呵《たんか》を切ったその声に、兵馬はどうやら覚えがあります。
二十三
その騒ぎがけたたましいのに、その声になんとなく覚えがあるから、兵馬は今しも鞘に納めた脇差を片手に持って、鷹の湯の二階の障子を押し開くと、下の通りは、いまいった通りの戸毎に人が出て、迷子だ、火事だ、と騒いでいる中を走る一人の小者《こもの》、
「おいらの先生がまたいなくなっちゃった――先生、そこいらに泊っていたら言葉をかけておくんなさいな」
笠を冠《かぶ》っているのを上から見下ろすのだから、さっぱりわからないが、どうもなんだか聞いたような声だと兵馬が思います。
つまり、件《くだん》の小者が勢いこんで、器量いっぱいの声で、はぐ
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