政維新という事業に参加しているまでで、維新が中心となって、人物が主とならないのはあの時代の特色といえる――もし、強《し》いて象徴的に幕末維新というものを代表する巨人を選定せよとならば、そは西郷よりも、大久保よりも、木戸よりも、福沢諭吉が相応《ふさわ》しかろう。
田山白雲も、そこまでは考えなかったろうが、この巨人が時代の渇望に向ってしかけてくれた鉄管の水の豊富なるに驚喜もし、詠嘆もせずにはおられなかったろうと思われる。
だがしかし、驚喜も、詠嘆も、するはしたけれど、まだ物足らないところはいくらもある。第一、自分が現在尋ねているこの不可解の西洋画の内容においても、外形についても、「西洋事情」は少しも、説明も、暗示も、与えてくれないではないか。それのみか、このあいだ房州へ行った時、支那の少年|金椎《キンツイ》が説いて、駒井甚三郎ほどのものが解釈しきれなかった耶蘇《やそ》の教えというものも、この書物が是とも非とも教えていないではないか――そのほか、白雲はまだ風馬牛《ふうばぎゅう》ではあるが、その耶蘇の教えと並んで、西洋文明の血脈をなしているというギリシャ系統の学問についても、この書物は少しも力を入れていないではないか。
西洋というものの建物の目下の全体を見せてくれるためには、さほど驚喜すべく、詠嘆もすべき書物でありながら、内容に立入ると物足らないこと夥《おびただ》しい――と白雲はようやくそれに気がつきました。広く知る次には、深く見たいものだと白雲が、望蜀《ぼうしょく》を感じたのはぜひもありません。
ともかくも、あちらの書物を読まねばならぬ、直接にあちらの書物が読めるようにならなければならぬ――との慾求は、これらの著述を読むことによって、ようやく強くされてゆくことは疑うべくもありません。
よって、白雲はまた一層の熱心を以て、例の初歩の語学書と首っ引――「華英通語」によって紙をパーペルと知り、絵をピキチュールと知り、絵相師《えそうがき》をポールトレート・ペーヌタル、筆がペンシル、顔がフェース、頭がヘッド、足がフットと覚えて行った程度では満足ができない。
しかるべき塾へ入門し、しかるべき師につくということは、この種類の人間にはなかなかおっくう[#「おっくう」に傍点]なもの――
ところで白雲が、再び駒井甚三郎のもとへ行こうという気になりました。切支丹を描いて観音に納め
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