ります。
 それにしても著者は何者。署名はなくて、ただ、「江戸、鉄砲洲某稿」としてある。当代に名だたる洋学者の筆のすさびだろうとは思われますが、誰とは当りがつきません。例えばその文章は、
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「先年、亜米利加《アメリカ》合衆国よりペルリといへる船大将を江戸へ差遣《さしつか》はし、日本は昔より外国と付合なき国なれども……」
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という書出しで、諸外国と交誼《こうぎ》を修し、通商貿易を求めに来《きた》るのを、
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「日本国中の学者達は勿論《もちろん》、余り物知りでなき人までも、何か外国人は日本国を取りにでも来たやうに、鎖国の、攘夷《じょうい》の、異国船は日本海へ寄せ付けぬ、唐人へは日本の地を踏ませぬなど、仰山に唱へ触らし、間には外国人を暗打《やみうち》にするものなど出来《いでき》て、今のやうに人気の騒ぎ立つは、ただ内の騒動ばかりでない、斯《か》く人心の片意地なるは世間へ対しても不外聞至極ならずや。元来何の悪意もなく、一筋に異人を嫌ひ、異人が来ては日本の為にならぬと思ひ込みたる輩《やから》は、自分には知らぬ事ながら我が生国《しやうこく》の恥辱を世間一般に吹聴《ふいちやう》するも同様にて、気の毒千万なれば、この人々の為め聊《いささ》か弁解すべし……」
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という見識はたしかにその時代の一般はもちろん、学者の頭を抜いている。
 それから、世界の広さを一里坪にして八百四十万坪あり、これを五に分ち五大洲という。その五大洲中ヨーロッパの文明が世界に冠たることを説き、その文明国を夷狄視《いてきし》することの浅見より、支那の覆轍《ふくてつ》を説いての教え方も要領を得ている。
 次に右五大洲中八百四十万坪の中に住む人口をほぼ十億と数え、そのうち、日本人は数およそ三千万あるゆえに、世界中の人数と比例すれば、九十七人と三人の割合に過ぎないという数字も、大ざっぱながら親切で、当時の粗雑にして空疎なる人の頭に、印象を強くしてなるほどと思わせ、
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「さて今|何《いづ》れの国にもせよ、百人の人あり、その中九十七人は睦《むつま》じく付合往来するところへ、三人は天から降りたるもののやう気高《けだか》く構へ、別に仲間を結んで三人の外は一切交りを絶ち、分らぬ理窟を言ひながら自分達の風に合はぬと畜生同様に
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