いて学ばれしや、流儀の系統等を相訊《あいたず》ねると――南竜軒先生、極めて無邪気正直に一切をブチまけてしまった。
 これを聞いた三宅氏は胸をうって三嘆し、今にして無心の有心《うしん》に勝るの神髄を知り得たり、といって喜ぶ。

 道庵先生、この型を行ってみたいのだろうが、そうそう柳の下に鰌《どじょう》はいまい。

         二十

 田山白雲は、伝馬町の鱗屋《うろこや》という古本屋の前へブラリとやって来て、
「何か面白い本はないかね」
「左様、面白い本は……」
「面白い本があったらひとつ見せてもらいたい」
「ああ、左様左様、面白いものを少しばかり纏《まと》めて手に入れましたから、お目にかけましょう」
「面白いものを纏めて手に入れたのは結構、見せてもらいたい」
 白雲が腰をかけると、亭主は書物を山のように持ち出し、
「なかには相当に面白いものがございます」
「どれ……」
「古いのには、年一年面白いものが減って参りますのに、新しい方は、なかなか面白いものが出ませんので困ります」
 客が面白い本はないかと言ったので、亭主は面白い本があるという。おたがいに面白ずくで商売をしているようです。
 この時分には現代のように、雑誌学問の青二才までが、興味中心だの、芸術本位だのと、歯の浮くようなことを言わなかった時代ですから、面白いという言語の中には、すべて注目に値するほどのものを包含していたのでしょう。ですから翻訳すると、「何か注目に値する書物はないかね?」「ございます、なかなか掘出し物がございます」という程度の意味のものでしょう。
 されば佐藤一斎の講義が面白かったという場合もあれば、曲亭主人の小説が面白かったという場合もあります。
 白雲がいま求める面白い本というのは、さしあたり着手した洋学の初歩に関する、東洋の美術よりは西洋の美術に関して、何か特殊の知識を与えられるような書物はないかと尋ねた意味でありましょう。
 しかし、亭主の取り出して示した山のような書物は、そういった意味の面白い書物ではありませんでした。
「端本《はほん》が多うございますけれども、これだけ種類を集めますのが骨でございます」
「こりゃ大変だ」
 山の如く持ち出された書物を、白雲は横目に見て、驚いた顔をしたが、手には取ろうとしません。その書物というのは、白雲の求むるところのものとは違って、旧来ありきたり
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