張する道庵にも相当の自信があるので、吾々がそう危ながるほどの危険はないのかも知れない。また万一の危険の際には、及ばずながら自分が飛び出そうとの決心もあるから、賛成はしないが、強《し》いて反対するのでもありません。
 米友を口説《くど》き落したつもりの道庵は、いよいよ有頂天《うちょうてん》で、多年の慈姑頭《くわいあたま》をほごして、それを仔細らしく左右に押分け、鏡に向ってしきりに撫でつけているところは、正気《しょうき》の沙汰《さた》とも見えません。被布《ひふ》なんぞはニヤけていけねえ、脇差もこんな短けえんではいけねえ――道庵は衣裳、持物の吟味までも始めたが、肝腎の道場訪問の儀式作法に至っては、研究する模様もなし、米友に訊ねようとの気色《けしき》も見えない。
 総髪を左右に押分けた急拵《きゅうごしら》えの張孔堂正雪。
 悪い洒落《しゃれ》だ……と米友も呆《あき》れましたが、これというのも、あの祭文語《さいもんがた》りを聞いて昂奮したせいだろう。祭文が無暗に武勇伝を語って聞かせるのも考えものだと、米友が思いました。
 道庵が、どうしてこうも武者修行をやってみたいのだか――その最初の動機は、いま米友が心配しているところの如く、祭文語りから来たのも因縁でありますが、これには奇《き》にして正《せい》なる一場の物語がある。その物語たるや極めて興味あるエピソードとなすに足る。
 件《くだん》の物語の主人公は祭文語りであって、その祭文語りが、無能が大能に通ずるの真理を極めて滑稽なる仕方で現わしたところに、無限の興味があります。

         十九

 天保の初め頃、神戸に一人の祭文語りがあった。この男、身の丈五尺九寸、体量二十七貫、見かけは堂々たるものだが、正味は祭文語り以上の何者でもなく、祭文語り以下の何者でもない。芸名を称して山本南竜軒と呼び、毎日デロレンで暮している。
 男子生れて二十七貫あって、デロレンでは始まらない、と先生、ある日のことに、商売物の法螺《ほら》の貝を前に置いて、つくづくと悲観する。
 ところへ友達が一人遊びにやって来て、大将何を考え込んでいるのだと言う。
 身の丈が六尺、図体が二十七貫もあって、デロレンでは情けないと、今もこうして、法螺の貝を前に置いて、涙をこぼしているところだ。そうかといって立身するほどの頭はなし、商売替えをするほどの腕もなし……何か
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