菩提心《ぼだいしん》をこそ起せ、そう無暗に昂奮して、武者修行熱を起した道庵の心持は解《げ》せないものだが、道庵に言わせると、また立派にその謂れがあるのかも知れない。
 実をいうと、道庵の武者修行熱は必ずしも軽井沢に始まったというわけではなく、そのずっと以前から萌《きざ》しているので、一度はどうか武者修行をやって、至るところの道場という道場を、片っぱしから荒して歩きたいという念願が、離れたことはなかったのであります。
 それが軽井沢の出来事によって誘発せられ、小諸、上田を通って行くうちに、ここで始めようかここで……と幾度も思い込んではみたが、衣裳やらなにかの都合でそうもゆかず、とうとう善光寺までそのままで来てしまったが、ここへ来て祭文を聞いたので、またも激しくそれが誘発され、もう矢も楯も堪らず、明日からは是が非でも武者修行だと、非常な昂奮を始め、地響きを立てて善光寺の門前を驚かしたものです。
 そんなら、道庵先生自身は、それほど腕に覚えがあるのか――こういう先生のことだから、どこにどういう隠し芸を持っていないとも限らないが、軽井沢の宿でたいてい手並はわかっているではないか。しかし、昔をいえば道庵も、江戸市中の持余し者であった茶袋の歩兵を見事に取って押えて、群集をアッといわしたことがある。あれは天神真揚流の逆指《ぎゃくゆび》という手で――道庵自身にいわせると二両取りの手だというが――それから柳橋では辻斬を取って押えたこともあるという。いざといえば、匙《さじ》一本で二千人を殺したといい出す。
「先生は、まあ、昔でいえば張孔堂由井正雪《ちょうこうどうゆいのしょうせつ》といったようなもので、武芸十八般、何一つ心得ておいでにならぬのはない……」
なんぞと持ち上げようものなら、先生納まり返って、
「それほどでもねえのさ」
と顋《あご》を撫でるところなどは、全く始末にゆかないのであります。
 その先生が、今や進んで武者修行を試みようというのは、要するに米友というくっきょう無類の用心棒があればこそだろうが――単にそれだけではない、先生には先生としての奇警にして、正当なる自信を別に持っているもののようです。
 だが、道庵先生がドンキホーテを読んで、その興味に駆《か》られて武者修行を思い立ったものとも思われません。
 他の道楽は大抵、間違っても多少の恥を掻《か》くだけで済むが、武者修行は
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