米友はすかさず突っかける。
「なに、その魂の形かい……およそ形のあるものは潰《くず》れずということなく……」
とかなんとかいってみましたけれど、さすがの道庵シドロモドロで、その足もとの危ないこと、酒のせいばかりではありますまい。
事実、この一本槍は、米友が手練の杖槍よりもその穂先が深い――また、この負担は、米友の肩にかけた振別《ふりわけ》を押ッつけられたよりも、道庵にとっては重い。
さきには、出任せに、一種の霊魂不滅を説いて米友に聞かせたが、それこそ本当の道庵流の出任せで、かりに一時の気休めに過ぎない。道庵自身が果して、霊魂の不滅を信じているかどうかは頗《すこぶ》る怪しいものです。だから、正式にこういって、色は、形はと、ジリジリ突っ込まれてみると、相手がどこまでも真剣なのだから、魂は青い色をして、雨の夜に墓場の上で燃えているなんぞと、ごまかしきれない。
道庵は苦しまぎれに、瓢箪《ひょうたん》をハタハタと叩き出してみたが、瓢箪から駒も出ないし、真理も出て来ない。
幸か不幸か、道庵先生がソクラテスほどの哲人でなかった代りに、相手がギリシャの若殿原《わかとのばら》ほどの弁論家でなかったから、霊魂は調和か、実在か、の微妙なところまでは進まず、
「先生、おいらは、もう一ぺん軽井沢へ帰《けえ》りてえのだ」
米友が悠然《ゆうぜん》として、哲学から、感傷に移りました。
米友のは、難問を吹きかけて道庵を苦しめるが目的ではなく、軽井沢のお玉のことが気になってならない。
ここまで足の運びの重いのも、その一種異様なるきぬぎぬの思いに堪うることができないで、それが魂の問題となって穂に現われたというだけのもの。
この男は、もう一度、軽井沢へ帰って、しみじみとお玉という女と話がしてみたいのだ。お玉の面影《おもかげ》が、どうしてもお君に似ている。そうして、特別に自分にとっては親切であったことが、忘れられない。
魂というものがあって、人に乗りうつるものならば、たしかにお君の魂は、あの女に乗りうつっている。名さえ前名のお玉とあるではないか。
米友は、この二里八町の道を、絶えずそのことばかり思うて、後ろ髪を引かれ引かれてこれまで来ました。途中、幾度も、この杖も、荷物も投げ出して、軽井沢へ駈け戻ろうかと思いつめては、思い返し、思い返し、ここまで来たのだが、ついに堪えられなくなって、ここ
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