ければならぬというのが、当時の気概ある公卿の憂慮でありました。
京都の公卿をして、再び護良親王《もりながしんのう》の轍《てつ》を踏ましむるなかれという気概のために、憎まるるものがないとはかぎらない。烈しく憎まるる時は暗殺される。幕府と勤皇と両方面に敵と味方を持っていて、その味方に対してまた備うるところがなければならない。しかも位高くして、実力の乏しい当年の公卿の地位もまた、多難なるものがありました。
その充分なる気概を保留するには、こうして山林にのがれて、舞踊に隠れるの必要があったかも知れない。それとも単にお公卿さん気質《かたぎ》の罪のないやんちゃ[#「やんちゃ」に傍点]かも知れません。
この怪異なる総踊りが済んでしまうと、白面にして英気風発の十八九歳とも見られる貴公子は、ひとり赤地の錦のひたたれ[#「ひたたれ」に傍点]を着て、白太刀《しらだち》を佩《は》いたままで、羅陵王を舞いました。
羅陵王を舞い終るや、その場へ一座をさしまねいて、疾風のような勢いで荷物を整理させ、以前のお神楽師の旅のなり[#「なり」に傍点]した十余名のものに守られて、時を移さずこの屋敷を立退いてしまいまし
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