、平野のうちの屈竟《くっきょう》の要害だと主張するものもある。
或いは房総の半島から起ること、源頼朝の如くあってよろしいというものもある。
水戸を背景として、筑波によることも決して拙策ではないと補修するものもある。
それよりも手っ取り早いのは、もう少し手強く江戸の内外を荒して、全くの混乱状態に陥れるに越したことはないと唱導するものもある。
もう少し手強く江戸の内外を荒すというのは、つまり以前よりもモット豪商や富家をおびやかすことと、役人に楯をつくことと、徳川幕府を侮《あなど》ることなどで、それがかなり露骨にこの席で話が進みました。
本所の相生町で牛耳を取っていた南条力は、この時はひとり、席の中心からは離れてたつみの隅の柱によりかかり、白扇を開いて、それに矢立の筆を執って、地図らしいものを認《したた》めていると、それを覗《のぞ》き込んでいるのが、鬢《びん》をつめて色の浅黒い四十恰好のドコかで見たことのあるような男です。よく考えてみると、それそれ、これは先日、武州の高尾山の宿坊で七兵衛と泊り合わせた神楽師《かぐらし》の一行の中の長老株の男でありました。
南条は扇面に地図を引いて
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