いている遑《いとま》がありません。
こうして、天上のあこがれと、地上の瞑想《めいそう》が、二人の少年によって恣《ほしいまま》にされている時、その場へ不意に一人の殺生者《せっしょうもの》が現われました。
殺生者――といっても白骨の温泉へ出発した机竜之助が立戻ったわけではなく、極めて平凡なその道の商売人である猟師の勘八が、抜からぬ面《かお》で立戻り、ひょっこりと[#「ひょっこりと」に傍点]この場へ現われたものであります。
「弁信さん、お前、そこで、あにゅう、かんげえてるだあ」
猟師の勘八は、いま山からもどったばかりのなり[#「なり」に傍点]で、鉄砲をかつぎながら言葉をかけたものですから、
「あ、勘八さんでしたか」
「今、けえ[#「けえ」に傍点]りましたよ」
「そうでしたか、猟はたくさんございましたか」
「大物を追い出すには追い出したでがすが、また追い込んでしまったから、これから出直しをしようと思ってけえ[#「けえ」に傍点]って来たところでがすよ」
「あ、左様でございましたか。そうしてその大物というのは何でございます」
「熊だよ」
「え、熊がこの辺にもおりますか」
「いますとも」
「お
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