んか……後生がないという人は、一日の間に昼夜がないというのと同じことです、死は暫くの眠りでございます……」
 ここに至ると弁信は、茂太郎に向って語るのだか、それとも、他の見えざる我慾凡俗の衆生《しゅじょう》に向って語るのだか、わからない心持になったと見えて、
「皆様、人間の死は一つの眠りでございます、眠りの間にも生命は働いているのでございます……ただ一日の夜は、正確な時間の後に万人平等に来りますけれども、人間の死にはきまりというものがございません、死の来る時だけは、人間の力で知ることができず、制することもできません。皆様、それを恨むのは間違いです、人は病気で死んだ、災難で死んだといいますけれども、この世で病気に殺されたり、災難に殺されたりした者は一人もあるものではございません……いいえ、いいえ、お聞きなさい、そうです、そうです、人間は決して病気や災難で死んだものではありません、この世につかわされた運命が、そこで尽きたからそれで死ぬのです……今生《こんじょう》の善根が、他生《たしょう》の福徳となって現われぬということはなく、前世の禍根が、今生の業縁《ごうえん》となってむくわれぬというため
前へ 次へ
全322ページ中320ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング