純な心持が嬉しいのですね。それでも一茶自身の書いた発句帳、これはその頃の有名な俳人の句を各州に分けて認《したた》めたもの、下へは罫紙《けいし》を入れて、たんねんにしてあった、これと位牌《いはい》、真中に『釈一茶不退位』とあって、左右に年号のあるもの、これだけは大切に保存していました」
 俳諧師は、話しながら、渋団扇だの、付木っ葉だのを取り出して良斎に見せました。

 その時分、お雪ちゃんは、ただ一人で広い湯槽《ゆぶね》の中につかっておりました。
 今、髪を洗ったばかりと見えて、それをいいかげんに背から湯槽の縁《ふち》へ載せ、首だけだして身体《からだ》をすっかりと湯につけています。
 ここの湯槽は、一間に一間半ぐらいなのが八つあって、その八つの湯槽には、それぞれ名前がついているのだが、そのなかで疝気《せんき》の湯がいちばん熱く、綿の湯というのが名前の如く、やわらかくてぬるいことになっているが、それは盛りの時分のことで、今はどれも同じようなもので、お雪はやわらかな綿の湯につかりながら、白骨《しらほね》の名の起る白い湯槽《ゆぶね》の中を見ていました。この湯槽は石灰分がくッついているせいか、ど
前へ 次へ
全322ページ中316ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング