奥で、近づく限りの人を友とし、知り得る限りのことを学び、愛すべきものを愛し、弄《もてあそ》ぶべきものを弄ぼうとして、恐るることを知らない。

 この間、池田良斎は、お雪ちゃんの持って来た万葉集を見てこういいました。
「ああ、これは寛永二十年の活字本で珍しいものだ、今日の万葉集はすべてこれを底本《ていほん》にしているが、普通には千蔭《ちかげ》の略解本《りゃくげぼん》が用いられている、よほど好書家でないとこれを持っていない」
 そうして、北原賢次とお雪ちゃんのために、日本の活字の来歴を一通り話したことでありました。同時に、活字本と、普通の木版本の相違をも、よく説明して聞かせたことでありました。
 活字は、すべて一字一字ずつとりはずしのできるもの。普通の木版は、一面に文章そのままを平彫《ひらぼり》にしてしまうもの。良斎の説によると、日本の活字の最初は、平安朝以前にあったが、最も盛んなのは徳川家康の前後ということ。また近代西洋式の流し込みの活字を創造したのは長崎の人、本木昌造ということになっているが、実は播磨《はりま》の人、大鳥|圭介《けいすけ》がそれより以前に実行している……というようなこと
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