くなるのがあさましい。かりそめにしめあげた腕はゆるめなければならないのに、人間の肉が苦しみもがく瞬間の、はげしい運動と、熱い血潮に触れると、むらむらとして潜在の本能がわき上ります。
「苦しいか」
「く、く、苦……」
後家さんは、必死となって竜之助の腕にすがって、その蛇のような腕を振りほどこうともがいたが、それは、さいぜん予告しておいた通りに、もがけばもがくほど深く入るだけで、力を入れるそのことが、いよいよ敵に糧《かて》を与うる理法となっていることを知らない。
はっ! と落ちたか、落ちない時に、それでも竜之助は手を放しました。手を放すと、肥満した女の骸《むくろ》が、朽木《くちき》のように、自分の足もとに倒れたことを知りました。
しかし、それは、ほんの少しの間たつと、倒れた後家さんは半眼を見開いて、
「先生、あんまり酷《ひど》い」
といいました。死んだのではなかったのです。
「あんまり酷いじゃありませんか、殺さなくってもいいでしょう、お雪ちゃんに教える時にも、こんなになさったの……?」
半醒《はんせい》のうちに、後家さんは、竜之助に怨《えん》じかけました。地獄をのぞいていまかえった
前へ
次へ
全322ページ中285ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング