す」
「そうですか。その娘さんはひとりで温泉へおいでになりましたか?」
「いいえ、ひとりではありますまい、娘さん一人では遠くへは出られますまい……誰か近所の人が附いて行ったようです」
「その近所の人というのは、誰ですか御存じ?」
「知りません、私のいない間のことですから……」
「わたしも、そのお雪ちゃんとやらの行った温泉へ、行ってみたいと思うのですが、それは、あなたのおいでになろうとする山の方角とは違いますか」
「さあ、それが……私の行こうとする方面には、こころあたりの温泉がないのです」
「誰も、そのお雪ちゃんという娘さんの行った先の温泉を、知らないというのが不思議ではありませんか」
「知らないはずはありますまい、留守の人に尋ねてごらんになりましたか」
「尋ねてみましたけれど、誰も教えてはくれません」
「それでは、あとで私が尋ねてみて上げましょう、誰か知っていなければならないはずです」
そこで、兵馬は、少し進んでたずねてみようかと思いました。
いったい、この不思議な女の人は、誰をたずねてこの寺へ来たのだ。男の姿に身をかえてまで、一人旅をしてたずねて来たのは、どうもお雪という娘をめあ
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