列を見て戦わざるに逃げた余憤がこんなところへ来て、負惜しみをやり出したな。
しかし、先生が頑《がん》としてこの乗り方を改めないものですから、馬方もぜひなく、そのまま馬をひき出しました。
ですから、通行の人が指さしては笑います。
それをいっこう取合わない道庵は、
「なあに、これが本格の乗り方だよ、笑うやつは古式を知らねえのだ」
というが、大坪流にも、佐々木流にも、こんな乗り方はなかったはず。
ははあ、読めた。熊谷の蓮生坊が上方《かみがた》から帰る時は、西方浄土《さいほうじょうど》を後にするのを本意にあらずとして、いつでも逆に馬に乗って『極楽に剛の者とや沙汰すらん、西に向ひて後ろ見せねば』と歌をよんだ。先生、その伝を行っているのだな。しかし、東に向いたのでは意味をなさない……やはり、いまおびやかされた、大名の行列に対する意地張りでしょう。
この逆乗りで納まり返った道庵。
二十四
武州沢井の机竜之助の剣術の道場の中で、雨が降る日には、与八が彫刻をしています。
海蔵寺の東妙和尚が彫刻に妙を得ていたものですから、それを見様見真似に与八が像を刻むことを覚えてしま
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