したがね、こう敦盛《あつもり》の首を左の脇にかいこんで、右の手で権太栗毛《ごんだくりげ》の手綱《たづな》を引張ってからに、泣落し六法というやつで、泣いては勇み、勇んでは泣きながら、花道を引込むところが得もいわれなかったものさ。今時、ああいうのを見たいたって見られないねえ」
「渋団は好かったそうですね」
「好かったにもなんにも。総じて今の役者は熊谷をやっても、神経質に出来上ってしまって、いけねえのさ」
「なるほど」
「それから、お前さん方、蓮生をレンショウとおよみなさるが、あれも詳しくはレンセイとよんでいただきたいね」
「蓮生坊をレンショウボウとよまずに、レンセイとよむのですか」
「左様、あの時代に蓮生が二人あったんですよ、本家がこの熊谷、それからもう一軒の蓮生が、宇都宮の弥三郎|頼綱《よりつな》」
「なるほど」
「まあ、お聴きなさい、熊谷の次郎が最初に出家をしてね、法然様《ほうねんさま》から蓮生という名前をもらって大得意で――この時は間違いなくレンショウといったものですがね、ある時、武蔵野の真中で、武勇粛々として郎党をひきつれた宇都宮弥三郎と出逢《でっくわ》すと、熊谷が、弥三郎、おれは
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