かっているのだ。小癪な犬だと思わないわけにはゆきません。
「狂犬《やまいぬ》が、あっちへ行った、人食《ひとくら》い犬《いぬ》が、あの若い侍に食いついてらあ」
ははあ、これは狂犬だ。だれかれの見さかいなく食いつくようになっている。あえて兵馬の修行を軽蔑しているのではない。兵馬は、それでやや安んじましたが、犬はいっそう烈しく、尾を振り、牙を鳴らして、兵馬に飛びかかって来るのです。
そこで、兵馬は、今かついで来た絵馬を肩からおろして、これを左手で縦に構えると、狂犬はさしったり[#「さしったり」に傍点]というようなわけで、猛然としてその絵馬の上へ乗りかかって来たのを、右の手を遊ばしておいた兵馬が、絵馬の下から犬の左の前足をムズとつかむと、ハズミ[#「ハズミ」に傍点]をつけて一振り振って投げました。
それは実に見事なもので、狂犬はクルクルと中空高く舞い上り、堤上《ていじょう》の松の枝をかすめて、濠《ほり》の真中へドブンと落ち込み、しばしは浮《うか》みも上りません。
「強いなあ、あの侍は」
歩みをとめた人々が驚嘆して集まるので、兵馬はきまりが悪く、絵馬をかかえて一散に逃げました。
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