で、半分ばかり鞘を抜き出してながめ入ったものです。
 この時とても、お銀様はいつもするように、頭巾《ずきん》をまぶかにかぶっていたし、山をのがれてきたのにかかわらず、着物の着こなしは端然たるものです。
 お銀様の眼が怪しくかがやきだしたのは、それから後のことで、息をはずませながら、刀をもとのままにおさめて、もとあったところへ置く手先がふるえているのも不思議でしたが、刀を置いた手を、すぐに棚の戸にかけて、スルスルと押し開くと、中をながめていましたが、手をさしのべて、中から引き出したのは、若い娘などの持ちたがる蒔絵《まきえ》の香箱《こうばこ》であります。
 それを、大事そうに、以前のところまで持って来たお銀様は、嫉《ねた》むような目つきと、おそれをなすような胸のさわぎで、箱の蓋《ふた》を払って見ましたが、中にはやわらかな紙が二三枚、丁寧にたたんで入れてあるだけのものでした。
 これは、水につけて蔭干しにして、やわらかくもみ上げた奉書の紙で、これで刀剣の中身をぬぐうのだとは、お銀様もちゃん[#「ちゃん」に傍点]と知り抜いているので、かたえに刀剣がある以上は、ドコかにこれがなければならない――
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