は、いまもここにいて……?」
「いいえ……」
茂太郎が頭を振るのを、お銀様は透《す》かさず追いかけました。
「此寺《ここ》にはいないの?」
「ええ、この間までいましたけれど……」
「この間まで……そうして、今どこへ行ったの?」
「温泉へ行きました」
「温泉へ……?」
「ええ」
「どこの温泉」
「さあ……」
お銀様の追窮が急なので、茂太郎に困惑の色が現われましたから、お銀様も、ちょっと手綱《たづな》をゆるめる気になって、
「お雪ちゃんという娘さんは、幾つぐらいのお歳なの」
「そうですね、あたいは聞いてみたこともないんだけれど……十七か八でしょう」
「そうして、お雪ちゃんは誰と温泉へ行きました」
「誰とだか……」
「お前、知らないの?」
「ええ。だけども、一人で行ったんじゃないんだよ」
「一人じゃないの、幾人で?」
「三人連れで……」
「その三人は、誰と誰?」
お銀様の追窮が、やっぱり急になってゆくので、茂太郎の困惑が重なるばかりです。
「それは、わかってるにはわかってるが、弁信さんが、いうなといったからいわれない」
「そう……」
お銀様も、それ以上は押せなくなりました。しかし、これだけ聞けば、全然得るところがなかったとはいえない。
そうするとお銀様は、十七八になるお雪という娘の骨を、食い裂いてやりたいほど憎らしくなりました。
「おばさん、お前はなぜ頭巾《ずきん》をかぶっているの……?」
その時、不意に茂太郎が反問しました。
「これはね――」
お銀様は行燈《あんどん》の方へまとも[#「まとも」に傍点]に面《おもて》を向けて、
「お前さん、わたしの面《かお》を見たいの?」
といいました。
「見たかないけれど、家の中で頭巾をかぶっているのはおかしいじゃないか」
「お前、おばさんの面《かお》が見たいんでしょう、見たければ見せて上げましょうか」
「見たかないけれど……」
「見たいんでしょう……」
といって、お銀様は膝を進ませて茂太郎の手を取りました。
「見たければいくらでも見せて上げるから、この頭巾の紐《ひも》を解いて頂戴……」
「だって……」
「いい児だから解いて頂戴……」
お銀様は茂太郎を膝の上へ抱き上げ、そうしてあわただしく自分の頭巾を取ってしまいました。
「おばさん、何をするの」
清澄の茂太郎がもが[#「もが」に傍点]くと、お銀様は、
「何もしやしません、わたしは鬼子母神《きしもじん》の生れ変りですからね」
といって、放そうとはしませんから、
「いやだ、いやだよ、おばさん」
「怖《こわ》かありませんよ、鬼子母神は人の子を取って食べるのですけれども、わたしは食べやしません、可愛がるだけなのよ、わたしは千人の子供を可愛がってみたい」
「いやだってば、おばさん」
「いいのよ、わたしの面《かお》をごらん」
「え」
といって茂太郎は、頬摺《ほおず》りをするほどさしつけたお銀様の面《かお》を見つめると、
「怖《こわ》い面でしょう、わたしの面は……」
人に隠して見せまいとつとめた自分の面を、この時に限ってお銀様は、打開いて茂太郎に見せようとします。
満面が焼けただれて、白眼勝《しろめが》ちの眼が恨みを含んで、呪《のろ》いそのもののような面をまとも[#「まとも」に傍点]に見た人は、誰でもゾッとして身の毛をよだて[#「よだて」に傍点]ないものはありません。しかし茂太郎は、それを怖れないでうるさ[#「うるさ」に傍点]がり、
「怖かありません、おばさんの面は怖くないけれども、こうやって抱かれるのが窮屈でならない、放して下さい」
「お前、ほんとうに、わたしの面を怖いとは思わない?」
お銀様は、なお、おびやかすように茂太郎の面に、呪いそのもののような自分の面を見せようとすると、
「怖かありません、あたいは人の怖がるものを怖がらないけれど、窮屈なことがいちばんきらいなのよ」
「いいえ、おばさんの面はこわい面でしょう、それにくらべるとお前の面は、綺麗な面ね」
「いいえ、怖かありません、あたい蛇だって、狼だって、何だって怖いと思ったことはないけれど、人に可愛がられるのが大嫌いさ、息が詰まるんだもの……」
「お前の名は何というの?」
「清澄の茂太郎」
「茂ちゃんていうの」
「ああ、おばさん、放して頂戴よ、息苦しくて仕方がないからさ」
「おとなしくして、鬼子母神様《きしもじんさま》の子におなりなさい」
「放して下さい、ほんとに熱苦しいんだもの……よう、おばさん」
「おとなしくしておいで――」
「いやだ、いやだ……おばさん、何をするの、放さないの?」
「わたし一人で淋しいから、茂ちゃん、泊っておいでなさいな」
「息が詰まるじゃないか、おばさん、どうしても放さなけりゃ、あたい、口笛を吹いて狼を呼ぶからいいや」
「何ですって、狼を呼ぶ……?」
「あ
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