怪我《けが》をなさらないようになさいまし」
「有難う。それから弁信さん」
「はい」
「お前さんは、お銀様という人を知っているだろうね」
「お銀様――ああ、知っておりますよ、それがどうしましたか」
「その方を、わしが連れて来ましたよ」
「お銀様を連れておいでになった……勘八さん、お前こそ、どうしてお銀様を知っているのですか」
「山の中で拾って来ました」
「拾って……それは、どうしたわけでしょう」
「委《くわ》しいことは、お銀様から直接《じか》にお聞きなすったらいいだろう」
「本人のお銀様を、お前さんがここへ連れておいでになったのですか、そうしてお銀様はドコにおいでになりますか」
「いま、庫裡《くり》の方へ御案内をして上げておいたから、お前、行って、お目にかかっておやりなさい」
「有難うございます……そうしてなんでございますか、勘八さんがお連れ下すったのはお銀様だけでございますか、それとも、あの若いおさむらい[#「さむらい」に傍点]の方も御一緒にお帰りになりましたか」
「あの方は、けえ[#「けえ」に傍点]りません、お銀様だけ一人連れてきました」
「そうでしたか……お銀様のこれへおいでになった理由は、私にも思い当ることがないではございませんが……」
といって弁信は、何か思案にくれました。

         三

 月見寺の一室に控えているお銀様は、ふと床の間に目をつけて、その草花を生《い》け替える気になりました。
 というのは、青銅の大花瓶に乱雑に投げ込んである秋草は、多分清澄の茂太郎あたりの仕事だろうが、無論、式にも法にもかなってはいない。そこで、お銀様が見かねて、それを整理する気になったのです。
 かなり丹念に、花と枝を整理してゆくと、見ちがえるばかりのあざやか[#「あざやか」に傍点]なものとなりました。
 それでもお銀様は、まだ不足なものがあるように、活《い》け終った草花を、ためつすがめつ[#「ためつすがめつ」に傍点]して、ながめていること暫し、ここといって改めたいところはないが、そうかといって、これだけでは物足りない心持を、どうすることもできないらしい。
 これは、どうしたものだろう。お銀様は、花を活ける手際には、相当の自信を持っているつもりなのに……
 結局、これは、自分の活け方の悪いのではない、この方式で活けた花は、この室内にはうつら[#「うつら」に傍点]な
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