は地上の宝でございます、木を植ゆるは徳を植ゆるなりと申されてありまする、あなた方の御先祖代々が、せっかく丹精して、あれまでに育てて霊場を荘厳《そうごん》にしてお置きになるのを、むざむざと伐って、それでよい心持が致しますか……また山の自然の形には、自然そのままで貴いところがあるものでございます、これを切り崩して、後日の埋め合わせはどう致すつもりでございますか。俗世間でも、家相方位のことをやか[#「やか」に傍点]ましく申しますのは、一つは、この自然さながらの形を、重んずるところから出でているのではございませぬか……それほどまでにして、車を仕掛けてあなた方は、いったい、だれをおよびになろうという御了簡《ごりょうけん》なのですか。聖衆は雲に乗っておいでになりまする、信心のともがらは遠きと、高きを厭《いと》わぬものでございます、ゆさんの人たちは足ならしのために恰好《かっこう》と申すことでございます……ところの幽閑、これ大いなる師なりと古人も仰せになりました。出家のつとめは、俗界の人のために清い水を与えることでございます、清い水を与えるには、清いところにおらなければならない約束ではございませぬか……山を荘厳にし、出家が空閑におるのは、俗界の人に、濁水を飲ませまいがためでございます。釈尊は雪山《せつせん》へおいでになりました、弘法大師も高野へ精舎《しょうじゃ》をお営みになりました、永平の道元禅師は越前の山深くかくれて勅命の重きことを畏《かしこ》みました、日蓮聖人も身延の山へお入りになりました、これは世を逃《のが》れて、御自分だけを清くせんがためではござりませぬ……源遠からざれば、流れ清からざるの道理でございます。もし、あなた方が、どうでも人の世のまん中に立ち出で、衆と共に苦しみ、衆と共に楽しむ、の思召《おぼしめ》しでございますならば、いっそ、浅草寺《せんそうじ》の観世音菩薩のように、都のまん中へお寺をおうつしになっては如何《いかが》でございますか……」
弁信法師が一息にこれだけのことをしゃべって、なお立てつづけようとするから、半ぺん坊主は青くなって、
「話せねえ坊主だなあ」
奉加帳を小脇に、逃ぐるが如く走り出ました。
五
半ぺん坊主が出て行った日の夕方、宇津木兵馬が飄然《ひょうぜん》としてこの寺に帰って来ました。
その晩、前のと同じ部屋で、兵馬は燈下
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