、
「そうですか、確かにお受取り致しました」
素直《すなお》にそれを受入れたから、兵馬はそのまま帰って来ました。
そのあとで、今度はお銀様が改めて女中を呼んで、こういうことをたのみました、
「あの、さいぜんお泊りになった二人づれのお客様で、お一人はたしか仏頂寺様、も一人のお方は丸山様とかおっしゃいましたが、その方に、わたくしが内緒で、ちょっとお目にかかりたいのですが、伺ってよろしうござんすかどうか、お聞き申してみて下さい」
女中は、そのたのみを心得て立去ろうとするのを、お銀様がまた呼びとめて、
「それから、お伺いしてよろしければ、まことに失礼でございますが、怪我を致しておるものですから、これをかぶったまま失礼を致したいが、このことをお聞き入れ下さるように申し上げておいて下さい」
と念を入れてたのみました。
仏頂寺と丸山は、見知らない婦人の人が面会をしたいとの申入れを聞いて、不思議に思いました。けれども、辞退するガラでもないから、直《ただ》ちに承知の旨を答えると、そこへお銀様がやって来て、
「御免下さいませ、さきほど、使を以てお願いに上らせましたのを、お聞届け下されて有難う存じます、その節、併せてお願いを致しました通り、少々怪我を致しておるものでございますゆえ、このままで失礼を、おゆるし下さいますように」
見れば品のよい令嬢姿の女が、顔にはお高祖頭巾《こそずきん》をかぶったままでの、しとやかな挨拶です。二人は一議にも及ばず、
「いかなる御用か存ぜねども、まずこれへお通り下さるよう」
火鉢の間を分けて、お銀様を招じました。そこでお銀様が二人に向っての頼みというのは、こうです。
自分は宇津木兵馬の連れの者であるが、兵馬は机竜之助を敵《かたき》と狙《ねら》っていること御存じの通り。自分としては、そのいずれをも傷つけたくない心持であること。
ついては、あなた方のお計らいで、どうか二人を近づけないようにしていただきたい。自分としては、どちらが傷ついてもいやである。しかし、二人は近づかねばならぬ運命が迫っている。近づけばいずれかが傷つくか、両方が倒れる。それをさせないのは、一《いつ》にあなた方の方寸である。どうか、あなた方の計らいで、宇津木兵馬を机竜之助のそばへ寄せないようにして下さるわけにはゆくまいか。結局これが私の願いでもあり、おたがいのためでもある……という
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