、あなたを邪魔にしますよ」
「それは御随意に任せるよりほかはありません」
「わかりましたか。それでは、もうあなたとの一緒の旅は今日限り、わたくしの方からお断わりを致しましょう。そうして、これから後はおたがいに敵同士です」
「いいえ……敵《かたき》という言葉は、そう軽々しく用いるものではありますまい」
「でも、わたくしは、生ぬるいことが嫌い、この世の人は敵《てき》でなければ味方、味方でない者はみんな敵です」
「ああ、あなたの考えは偏《へん》し過ぎている、片意地過ぎているようです。拙者は机竜之助を敵《てき》とはするが、あなたを敵とする気にはなれないのです」
「わたくしは、そうではありません、味方でないものはみんな敵です……兵馬さん、お前が机竜之助を討とうとすれば、わたしはあの人の味方ですから、あなたを殺してしまいます」
「よろしい、そのお覚悟なら、それでよろしうございます、拙者もこれから、あなたを敵《かたき》の片われと見ましょう」
「それがよろしうございます。わたしはここで、人をよんで座敷を改めてもらいます、あなたにもお世話になりましたが、どうぞ、お大切《だいじ》に……」
と言って、お銀様は手を鳴らして女中を呼び、更に番頭を呼んでもらって、自分だけ座敷を改めることをたのむと、さっさと、自分のものだけを運ばせて引移ってしまいました。
 兵馬はお銀様の片意地に驚きました。けれどもお銀様を片意地の気質にさせた原因を知っているものですから、いい出した以上は、その意に任せるよりほかは仕方がないとあきらめました。
 さて、こうなってみると、有力な後援者を失った自分は、また貧寒なる一人旅のさすらいだ。しかし、もう今度こそは、相手が塩尻峠を越したことを、歴然とつかんでいる。あの峠を越した以上は、その行先こそしかとわからないとはいい条、袋の鼠のようなものである。今度こそ――という目あてがついたようなものですから、旅嚢《りょのう》の欠乏も、さのみ気にはかかりません。むしろ、ここでお銀様の方から去ってしまったことが、身軽でよいくらいのものです。
 そこで思い出して、預かっていた胴巻の金のすべてを取り出し、女中を呼んで、これをお銀様のもとへ届けさせますと、お銀様から突き戻して来て、
「そんなものは知らない」
と言ったとの返事。それではいけないと兵馬は自身|携《たずさ》えて行って渡すと、お銀様は
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