しまいました。
立聞きをすれば三尺下の地の虫が死ぬというたとえがありますから、お雪はそれを聞きたくないと思いましたけれども、こうなってみると、後家婆さんが得意になって浮《うわ》ついた話の最中へ入るのは厭《いや》な気がしますし、そうかといって、再び浅吉のところへ引返す気にもなりません。
そこで、お雪は気をかえて、ひとり湯殿へ下りて行きました。
十七
お雪が湯から上って来た時分には、後家さんも帰ってしまっていました。けれど、それから後、この後家さんは、いよいよお雪になつこくして、お雪も悪い心持はなく往来しているうちに、どうも後家さんがお雪を、浅吉に近づけよう、近づけようとしていることがわかりました。
前の時のように、お雪が来ると、自分は座を外《はず》して、浅吉と二人だけを残して置くのが、心あってするように、お雪にも気取《けど》られるほどになりました。
そうかといって、お雪は怖気《おぞけ》をふるって浅吉を毛嫌いするわけでもありません。また別段に不憫《ふびん》がるというのでもなく、万事を心得て、あたりまえに附合っていられるほど、お雪は素直な気質を持ち合わせていました。
それに反して、浅吉の方の躍起《やっき》となる有様は、日一日と目立ってゆくのです。
ある時、お雪は湯から上って帰ると、廊下でただならぬ物争いを聞きました。
それは珍しくも、あの柔順な浅吉が、主人の後家さんを相手に、一生懸命で何事をか言い罵《ののし》っているところです。
今日も、たくんでした立聞きではありませんが、行きがかり上、耳に入れないわけにはゆかないので、困っていると、
「おかみさん、あなたという人はほんとうに罪な人ですよ……今だから申しますが、先《せん》の旦那様のお亡くなりになった時だって、ずいぶん噂がありましたよ。穀屋《こくや》の家には今でも青い火が出ると、いわない人はありませんからね」
「ナニ、何ですって。人聞きの悪いことをお言いでないよ」
「申しますとも。あなたぐらい、性悪《しょうわる》の、男ったらしの、罪つくりな女はありませんよ。この夏中だってそうでしょう、わたしが見て見ないふり[#「ふり」に傍点]をしていれば……」
「おや、わたしはお前に監督されなけりゃならないのかい、お前が見ているところで、何かしちゃ悪いのかい」
「だッて、少しは遠慮というものがございま
前へ
次へ
全161ページ中59ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング