か》わすぞ」
「はい」
 番頭は青くなりました。青くなったのは、この連中に向っては迷信の権威が甚だ薄いから、よく納得《なっとく》させないかぎり、必ずや九ツ半を期して、その正体を見届けに出かけるに相違ない。そうなると、まんいち間違いの出来た時に責任がある。と思ったから青くなってほうほう[#「ほうほう」に傍点]の体《てい》で、この座敷をすべり出しました。
 ここに二人の佐久間象山の門生――といっても象山門下を名乗るものにかぎりはない。ちょっと玄関をのぞいただけでも、都合上その門生の名を利用するものも多い。宿帳にはそうはしるさなかったが、一人は丸山勇仙、一人は仏頂寺弥助、共に信州|松代《まつしろ》の人としてある。
 丸山は書生であり、仏頂寺は剣客であります。従って丸山はよく洋書を読み、仏頂寺はよく剣を使う。丸山の学力のほどは知らず、仏頂寺の剣は当時に鳴り響いたものです。
 この仏頂寺弥助と、長州の高杉晋作とが試合をしたことがある。その前に、高杉晋作が、はじめ佐久間象山に謁見《えっけん》した逸話がある。
 高杉晋作、天下第一の気概をいだいて、江戸に出でて書剣を学ばんとす。その師吉田松陰の勧めに
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