選ぶのいとまがないのです。
まもなく久助とお雪は外の湯から帰って来て、鮒《ふな》や小蝦《こえび》をお茶菓子に、三人お茶を飲みました。そこへ、宿の番頭がやって来て、
「ええ、御免下さいまし、毎度、御贔屓《ごひいき》に有難う存じます。ええ、それからちょっと申し上げておきまするは、今晩のところは、土地の風習で、お万殿の夜詣りということになっておりますから、九ツ半過ぎては、外へお出ましにならぬように、なにぶんよろしくお願い申します」
と言う。
「何ですって」
それをお雪が聞きとがめると、番頭が、
「お万殿の夜詣りでございまして、はい」
と番頭が答える。
「お万殿の夜詣りというのは何ですか」
お雪が念を押してたずねる。
「ええ、何でございますか手前もよくは存じませんが、月に一度ずつ、お万殿の夜詣りということがございまして、その晩、九ツ半過、外へ出ますと、祟《たた》りがあるといい伝えられているのでございますから、なにぶん……」
「ええ、ようござんす」
お雪が、それを承知してしまいました。断わられなくても、大抵の人は九ツ半過、今の夜中から一時までの真夜中をかけて、出て歩く必要はないはず。
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