わせる。
「奴、何の用で来た、今時分」
「何の用ですか」
 二人はうす気味の悪い心持でいると、そこへ案内されたのは、
「へえ、これはお二方《ふたかた》、永らく御無沙汰を致してしまいました」
「ナーンだ、金公か」
 五分月代《ごぶさかやき》に唐桟《とうざん》の襟附の絆纏《はんてん》を引っかけて、ちょっと音羽屋《おとわや》の鼠小僧といったような気取り方で、多少の凄味を利《き》かせて、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が現われることを期待していると、意外にも、それはおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]の金公でしたから、二人も拍子抜けがしているのを、委細かまわず金助は、
「ちょっと旅に出ていましたものですから、つい、何しまして……御無沙汰を仕《つかまつ》りました」
「どこへ出かけていた」
「お馴染《なじみ》の甲州街道筋をぶらついて参りました」
「面白いみやげ話があらば聞かしてくれ」
「なんせ、山ん中のことでございますから、面白いみやげ話とてありよう道理はございませんが」
と冒頭《まくら》を置いて、金助はべらべらと締りもなく、お角に頼まれて出かけたことから自分の手柄話、結局、この
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