の時分に為替《かわせ》を組んでよこすか、または人を遣《つか》わす故、何かについて不足があらば申し越してもらいたい……証文? 左様なものは要らぬ。わしはこれで、いったん人を信用すると、最後までしたい方の人間でね、肌合いは違うけれども、お前さんなら大丈夫だと、まあ見込んでお頼みをしているわけなのだ。それに第一、娘というものが、この上もない生きた証文ではないか」
 お角はこの時、さすが大家の主人だけあると思いました。

         六

 そのお角の留守中、裏両国のしもたや[#「しもたや」に傍点]へ、
「今晩は、御免下さいまし」
「どなたでございます」
「親方は、おいででございますか」
「どなたでございます」
「金助でございます……」
「金助さんですか」
 娘分のお梅が駈け出すと同時に、格子戸をカラカラとあけて、
「え、金助でございますが、親方はお宅でございましょうな」
「まあ、お入りなさいまし、母さんは今留守ですけれど」
「エ、お留守ですって?」
「いいえ、留守でもかまいません、もし金助さんが見えたら、待たせておいて下さいといわれていましたから」
「左様でゲスか、左様ならば御免を蒙《
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