のまでが黙認される。
 火放《ひつ》け強盗はおろかなこと、この屋敷から或る時は甲州へ向けて一手の人数が繰出される。或る時は下総、或る時は野州あたりへ繰出して、そこで大仕掛な一揆《いっき》の陰謀が持ち上る。
 その主謀者の方針は、江戸の市中はなんといっても相応に警戒が届いている。ことにこのごろ、募集した歩兵隊――一名|茶袋《ちゃぶくろ》は烏合《うごう》の寄せ集めで、市民をいやがらせながらも、ともかくも新式の武器を持って、新式の調練を受けているから、それを相手には仕事がしにくい。近国へ手を廻して騒がせておけば、自然お膝元の歩兵隊が繰出す。その空虚に乗じて江戸の城下へ火をつけ、富豪の金穀を奪うて、大事を挙げる時の準備にしようという方針らしい。
 斯様《かよう》な方針を立てている主謀者は何者か。どうかすると西郷吉之助の名前が出ることもあるが、西郷はここにいないで、益満《ますみつ》休之助と伊牟田《いむだ》なにがし[#「なにがし」に傍点]と小島なにがし[#「なにがし」に傍点]と、このあたりが主謀者ということである。
 益満は長沼流の撃剣家で、山岡鉄太郎などとも懇意であり、この益満の後ろに西郷がいて
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