せん。御老女様はしっかりしておいでなさるし、集まるほどの人も血気の人には相違ないが、そう悪いことをする人たちではありませんから、危ないことはなかろうと思うけれど、万一、このお子さんに怪我があっては、という心配が絶えたことはないのです。
 そこで或る日、お松は自分の部屋で赤ん坊を抱き、
「登様、あなたは田舎《いなか》へいらっしゃいますか、田舎はおいやですか」
と話しかけました。
 話しかけたって返事のできるわけはありませんが、つい口に出て、
「おいやでなければ、田舎へお連れ申しましょうか。田舎といっても、そんなに遠いところではありませんよ、与八さんのいるところ」
 坊やは、じっ[#「じっ」に傍点]とお松の顔を見て、笑いもしないでいるものですから、
「御存じでしょう、与八さんを。あの肥った、親切な人……」
 その時、坊やは両手をおどらせて、うれしそうに笑いました。
「登様、もし、あなたがおいやでなければ、わたし、これから手紙を書いて、与八さんのところへ使を頼みますわ。与八さんはよろこんで承知をして下さるでしょう。ですけれども、もし、あなたがおいやですと……田舎に住んでいては出世のために悪い
前へ 次へ
全288ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング