長口上は恐れあり、早速ながら演芸にとりかからせまする」
 春日長次郎はかなりの能弁で、一通り由来を述べ終って卓の上なる鈴《りん》を振ると、後ろの幕が二つに裂けて、そこから賑やかな音楽が湧き起りました。
 幕があくと、天幕張《テントば》りの漂浪生活の前に、二三のジプシー族の若者が鍛冶屋《かじや》をしている。盛んに鉄砧《かなしき》を叩いているところへ、同じ種族の一人の子供が糸の切れたギターを持って来て、向槌《むこうづち》を打っている男に直してくれと頼む。男が槌をさしおいて、それを直してやって調子を試むると、それに合わせて他の一人が歌い出す。と、子供が踊る。
 そこへ禿頭《はげ》の老爺《おやじ》が来て、そう怠けてはいけないと叱る。若者は仕事にかかる。子供はギターを鳴らして歌うと、叱った老爺が踊り出す。それを鍛冶屋が調子を合わせて槌を打ちながら歌う。ゾロゾロと子供が出て来てみな踊る。山の神連(ジプシーの女房たち)が出て来て、ガミガミいう。多分、この御苦労無しの親爺《おやじ》めが、今ごろ何を踊りさわいでいるのだと罵《ののし》るものらしい。親爺は恐縮して逃げながら踊る。子供たちはギターを合わせる。
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