物置同様になっている剣術の道場の前に立ちました。
 机の家の屋敷は、定まる当主とてもありませんから、すべてにおいて、与八が監理人のようなものであります。親類の人が時々来ては見て行きはしますけれども、小さな城廓《じょうかく》ほどもある屋敷を、ともかく、これだけに手入れをしているのは、与八の働きといわねばなりません。
 そこで与八が、剣術の道場の前に立って考えたのは、ひとしきり、この道場から、甲源一刀流の、音無しの構えなるものが起って、幾多の剣士を戦慄《せんりつ》させたという思い出でもありません。また、この道場から宇津木文之丞との争いが起って、それから黒い風が吹き、白い雨が降り出した今日までの一切の経過でもありません。その時代はもう過ぎてしまって、今、与八がこの道場の前に立った時、ふと思いついたのは、これを利用して、お松さんと共に、多くの子供をここへ集めて育ててみたいなという希望であります。
 与八が道場の庭を掃いていると、そこへ突然姿を現わした旅のさむらい[#「さむらい」に傍点]。
「少々、物をたずねたいが、机竜之助の道場はこれか」
「左様でございます」
 与八は、箒《ほうき》をとどめて
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