っと入り込んだ御簾の桟敷の一間であります。
 それと見てお梅は、遠慮して席を避けようとするのを、お角が、
「いいから御免を蒙《こうむ》って、そうしておいで」
 そこで、この一間には主客都合四人が納まった時分に、ようやく春日長次郎のジプシー・ダンスの口上が始まりましたから、駒井甚三郎は、ちょうどこれを見るために、わざわざこの席へ来たような具合になりました。
 春日長次郎は、五十恰好の禿《は》げた素頭《すあたま》の血色のよい面《かお》をして、例の和服とも、支那服ともつかない縫取りのある広袖の半纏《はんてん》に、大口のようなズボンを穿《は》いて、舞台に現われ、
「さて、東西のお客様方、初日早々かくばかり盛んな御贔屓《ごひいき》をいただきまして、一同の者、何とお礼を申し上げよう術《すべ》もなく、有難涙に咽《むせ》びおりまする次第でございます。ただいままで、だんだんとごらんにそなえました技芸、ことごとくお気に叶いまして、楽屋一同の感謝にございまするが、ことにこのたびごらんに入れまするは、ジプシー・ダンス……これはお聞き及びでもございましょうが、太古より今日に至るまで、亜細亜《アジア》洲と欧羅巴《
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