に、
「なんに致しましても、ここを素通りはなりませぬ、おいやでもござりましょうが、ぜひお立寄りを願わなければ」
といって、お角は、連れのお屋敷風のキリリとした娘の姿を、心ありげな眼つきでながめますと、その娘もはっとしましたが、何にもいわず軽い会釈をして、やや手持無沙汰でいると、駒井は迷惑がって、
「どのみち、宿をきめてから」
こういいますと、お角は、もとより逃《のが》さないつもりですから、
「まあ、左様におっしゃらず、わたくしどもの一世一代を御見物下さいませ、ずいぶん、骨も折れましたが、まんざらごらんになって腹の立つようなものばかりでもございません」
「ははあ、この興行は、お前がやっていたのか」
「左様でございます、御案内を致します。お嬢様、どうぞあなた様も、御迷惑でも殿様のおつきあいをなさいませ」
「お松どの、せっかくのことだから見せてもらおうか」
「はい……」
御屋敷風の娘は、老女の家のお松であること申すまでもありません。お松はこの返事に躊躇《ちゅうちょ》しましたのは、墓参《ぼさん》の帰りに……という気がトガめたのかも知れません。
しかしながら、駒井甚三郎は、どのみち退引《の
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