男美女の御夫婦仲……それに天樹院様のお化粧料が十万石……」
「本多はそれがために三十一で夭死《わかじに》をしてしまった」
「え?」
 婆さんがギョッとしたようです。天樹院の墓の下から、小さな蛇が一匹現われました。
「つまり天樹院は豊臣秀頼を殺し、坂崎出羽を殺し、本多忠刻を殺し……」
 その時です、駒井甚三郎の胸をつんざいたのは――現在、自分をうらんで去った自分の妻が、どこかにおいて、この天樹院とおなじような乱行の生涯を送っているのではないか。
 果報者の本多忠刻を、三十一歳で夭死《わかじに》をさせた後の爛熟《らんじゅく》しきった若い未亡人の乱行。
 それは今の世までもうたわれて、淫蕩《いんとう》の標本とされている。天樹院とても、淫蕩そのもののために特にこの世につかわされた女でもあるまいし、徳川の宗族だからといって、天樹院に限って、その乱行を是認するという制度もあるまいが、あの女性としては、淫蕩と乱行とに半生を使いつぶすことのほかには、生きる道を知らなかったればこそ……また徳川の宗族も、自ら省みれば、あの女の乱行を抑えるの権威がない。
 まだ子供心の失《う》せぬ時分、徳川家から豊臣家へや
前へ 次へ
全288ページ中201ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング