行きました。
お角は、その荒涼たる人生の最後の安息所を、我を忘れて見下ろしていた間は何事もありませんでした。
そのうちに、墓地の一方の木戸をあけて、静かに内部へ足を運んで来る二人づれのお墓参りのあったことを気づいたまでも無事でありました。
一方、魔術の世界の華麗と、眩惑に浸っている群衆と、また一方、こうしてしめやかに人生の最後の安息所へのお参りに足を運ぶ人とが、背中合わせになっている。それをお角は、やはり無心にながめて、頬のほてりを冷している。お墓参りの二人の者もそれを知らず、まだ新しい木標《もくひょう》の前に近づくと、二人のうち、案内に立ったお屋敷風の小娘が、
「ここでございます」
で、手にかかえていた阿枷桶《あかおけ》をさしおくと、それに導かれて来た、塗笠に面《おもて》を隠した人柄のある一人のさむらい[#「さむらい」に傍点]。
手に携えていた香華《こうげ》を、木標の前の竹筒にさして、無言に立っていると、娘は阿枷の水を汲んで、墓木《ぼぼく》と花とに注《そそ》いでいる。
塗笠のさむらい[#「さむらい」に傍点]は、木標の前に立って、軽く頭《こうべ》を下げて、感慨深く立っている。
前へ
次へ
全288ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング