した。
窓といっても、本来が仮小屋ですから、特にそれがために切ったのではなく、幕を下ろせば壁となり、幕を絞れば窓となるだけの組織ですが、ちょうど、その幕が絞ってありましたから、お角は、その傍へ寄って柱に凭りかかって、外の空気に触れると、ここは高いところですから、眼の下に新しい世界が、新たに展開した心持がしました。
新しい世界といっても、場内の変幻出没のような夢の国の世界が現われたのではなく、尋常一様の両国回向院境内の世界ですけれども、人気と、眩惑と、根《こん》づかれの空気にのぼせ[#「のぼせ」に傍点]たお角にとっては、その尋常一様がまた新世界のように感ぜらるべき道理でもあるが、ことにその眼の下に現われたのは、回向院の墓地でありました。乱離たる石塔と、卒塔婆《そとば》と、香と、花との寂滅世界《じゃくめつせかい》が、急に眼の下に現われたものですから、お角は目をすま[#「すま」に傍点]しました。
お角が人いきれの中から面《おもて》を窓の下に曝《さら》すと、そこは回向院の墓地であります。卵塔《らんとう》と、卒塔婆の乱離たる光景が、お角の眼と頭とを暫しながら、思いもかけない別の世界に持って
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