になりますか」
「はい、江戸は芝の三田四国町というところを、たずねてまいりますのじゃ」
「三田の四国町へおいでなさるのでございますか」
「四国町の薩摩さんのお屋敷へと、たずねてまいりたいと思いましてな」
「え、四国町の薩摩様……」
といって、七兵衛が、それからあと、「こいつは大変な代物《しろもの》だ」と口の中でいいました。
 その三田の四国町の薩摩屋敷は、今天下の風雲をねらうものの巣になっている。これを七兵衛はよく知っている。そこへ乗込もうという神楽師ならば、これは探りを入れるまでもない、金箔付《きんぱくつ》きの神楽師だと思いました。
 しかし、また、仮りにこうして姿をかえてまで江戸へ乗込もうという連中が、その行く先をアケスケに、薩摩屋敷だといってしまったのでは正直過ぎる。
 これは多分、自分が見る影もない百姓だから、この位は打明けてもさしつかえないとタカ[#「タカ」に傍点]をくくったのかも知れない。
 その晩、七兵衛がこれらの連中と枕を並べて寝た夜中に、ふと胸に浮んだことがあります。それはほかでもない、このごろ、この武蔵と、相模と、甲州方面の境で、夜な夜なしきりに怪しい神楽太鼓の響きがする――賑やかな囃子《はやし》を追うて行って見ると、その影を捉えることができない。七兵衛も、どうかするとそれにでっくわせたこともあるが、わざわざ尋ねてみようとも思わなかったが、この時ふと胸に浮んだのは、その怪しげな囃子の音こそ、これらの連中の仕業《しわざ》ではあるまいか、どうもそのような気がしてならぬ。
 無事にその夜が明けて、いざ立つという時に、七兵衛が、右の神楽師の連中に向って、私も江戸へ参りますから御一緒に、とさあらぬ体《てい》にいい出すと、神楽師の長老がジロリと七兵衛をながめ、
「何卒《どうぞ》御一緒に……して、お前さんの御商売は何ですか」
 商売は、と聞かれて、七兵衛はギクリとしましたけれど、
「ええ、近在の百姓でございますけれど、百姓が嫌いなもんですから、つい……」
と言いました。つい、どうしたのだか、それは自分ながらわかりません。
 事実、七兵衛は百姓が嫌いではないのです。どちらかといえば好きなのです。青空をいただいて、地上へ自分の労力の一切を尽し、実りを天の風雨に待って争わぬ仕事を、愉快なりとしています。それで自分もけっこう一人前の百姓をやるだけの腕は持っているのです。ですから、旅先で、二宮流の講義などを聞いていると、つい感心してしまって、自分も、どこか、広々とした野原へ出て開墾をして、そこに自由な新天地を開いたら、どのくらい愉快だろうと空想することもあるくらいですから、百姓が嫌いといったのをクス[#「クス」に傍点]ぐったく思います。
 さて、右の四五人連れの神楽師の旅装を見ると、笠をかぶり、脚絆《きゃはん》、甲掛《こうがけ》に両がけの荷物、ちょっとお鷹匠《たかじょう》といったようないでたち[#「いでたち」に傍点]ですけれども、脇差を一本しか差してはおりません。
 七兵衛は同行しながらも、この中のドレが親分だろうと鑑定を試みましたけれど、結局ドレが親分という様子もなく、ドレが子分だという関係もないようです。
 七兵衛は、またこの親分子分という関係がだいきらいなのです。親分子分というものは、侠客《きょうかく》とかバクチ[#「バクチ」に傍点]打ちとかいう社会にはなくてはならぬものだろうが、世の中が進歩すればするほど、それがなくなるべきはずだと信じているのです。
 親分と立てられたいために、ツマらないみえや犠牲を払い、子分はまた親分に養ってもらうために、無理をしてまで親分に箔《はく》をつけようとする。親分は無理をして子分をカバおうとする。子分は無理をして親分を立てようとする。そういうのを美談のように考えているのは大間違いで、その道によって長者と先輩は尊敬しなければならないが、親分子分の関係を作るのは愚の至りだと信じているのです。ですから、上方《かみがた》へ行って本願寺のお説教を立聞きした時も、ほかのところの有難味はよくわからなかったが、「親鸞《しんらん》は弟子一人も持たず候」といった一句に、ヒドク共鳴して、いわゆる御開山様なるものはエライと感心して帰ったことであります。
 ところで、この神楽師の一行は、親分子分の愚劣な関係を復習して、得意がっている連中ではなく、おのずから和して同ぜざるの見識があるように思われる。
 こうして七兵衛は、江戸へ行くまでの十五里の行程を、この連中の観察と研究とを題目として行くつもりで出かけますと、ほどなく例の木を伐《き》り払って、山を崩しているところまで来ました。
 ここへ来ると、一行がたちどまって、
「おお、木を伐っています」
「おお、山を崩しています」
といって眼を円くしてたちどまり、
「木を伐って何を
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