。お前さんが帰ったら、これを差上げようと思っていました、ほんの少しばかりですけれど」
といってお銀様は手文庫の中から、事実金助の前には少しばかりではない金包を取り出して、奉書の紙に載せて無雑作《むぞうさ》に金助の前に置いたものです。それを見ると、金助が、いたく狼狽《ろうばい》をして、眼の色が忙しく動き出し、
「そんなことをしていただいちゃ申しわけがございません、旅費のところもお角さんの手から、たっぷりといただいてあるんでございますから、その上こんなことをしていただいちゃ恐れ入ります。しかし、お嬢様、金助も頼まれますと、無暗に肌を脱ぎたがる男でございましてね、自慢じゃございませんが、事と次第によっては、目から鼻へ抜ける性質《たち》なんでございますよ。今度のことなんぞも、お角さんから頼まれますと、早速、当りをつけたのが、まあ、聞いていただきやしょう、とても、そりゃその道で多年苦労をした目明《めあか》しの親分|跣足《はだし》ですね、全く予想外のところへ目をつけて、そこから手繰《たぐ》りを入れたところなんぞは、我ながら大出来、ここの親方にも充分買っていただくつもりで、寄り道もせずにこうして駈け込んで来たような次第なんでございます……エエ、その頼まれました御本人の行方《ゆくえ》、それをそのまま探していたんでは、なかなか埒《らち》の明かない事情がありますから、まずこういう具合に……エエと、この街道を琵琶を弾《ひ》いて流して歩いたお喋《しゃべ》りの盲法師《めくらほうし》を見かけたお方はございませんか、こういって尋ねて歩いたのが、つまり成功の元なんですね。将を射るには馬を射るという筆法が当ったんで。つまりそれでとうとう甲州街道の上野原というところで、めざす相手を射留めたという次第でございます……」
金助は、膝を金包に近いところまで乗り出して、得意になってべらべらとやり出しました。
金助のべらべらやり出した潮時《しおどき》を、お銀様も利用することを忘れませんでした。
「そうして、甲州の上野原のどこで、その盲法師を見つけました」
「それがその……」
金助は、いよいよ得意になって、顔を一つ撫で廻し、
「府中の六所明神様でひっかかりを得ましたものですから、それからそれと糸をたぐって、とうとう甲州の上野原で突留めました。上野原は報福寺、一名を月見寺と申しましてな、お宗旨《しゅうし》は曹
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