はしおらしく、
「御免下さいまし」
座へ通って再び老人に頭を下げ、
「おかげさまで、すっかり当ってしまいました。これで、わたしの胸も、すっかり透いてしまいました。就きましては早速、心ばかりのお初穂《はつほ》を差上げまするつもりで……」
といって風呂敷を解きかけたその中は、確かにお金の包みであります。
いわゆるお大尽の前へ、お金の包みを積み上げますと、お大尽は、莞爾《にっこり》と笑い、
「いやもう、それはお固いことだ、娘もああしてお世話になっているし、そう急ぐというつもりもないのだが、せっかくだから……」
ここで初めてお角の金主元が知れた次第です。つまりお角は、このお大尽から金を引き出している。しからばこのお大尽なるものは何者。
王朝時代からの旧家といわれた甲州有野村の長者藤原家、その当主の伊太夫。それがすなわちこのお大尽で、ただいま、お角の家に厄介になっているお銀様のまことの父がこの人であります。
さればこそ、測り知られぬ山と、田と、畑と、祖先以来の金銀と、比類のない馬の数を持っているこの富豪をつかまえたことが、興行界の玄人筋《くろうとすじ》の機敏な目先にも見抜き切れなかったことになる。
大尽は、金の包みを前に置いたままで、
「どうだね、お角さん、あれはどうしても帰るとはいいませんか」
「そればっかりはいけません、いくら申し上げましても……」
「そうだろう、どうも仕方がない。よし帰るといってもらったところで、また難儀じゃ。いっそのこと、どこまでもお前さんに面倒を見てもらいたいと、わしは思っているのだが」
「どう致しまして、わたくしなんぞは御面倒を見ていただけばといって、お力になれるわけのものではございません」
「いや、あの通りの我儘者《わがままもの》だから、お前さんのような、しっかり[#「しっかり」に傍点]した者が付いていてくれると、わしも安心じゃ」
「痛み入ったお言葉でございます、そのお言葉だけを勿体《もったい》なく頂戴して、一生の宝に致したいと存じます」
「そういうわけだから、ドコかしかるべき地面家作のようなものがあったら、ひとつお世話をしていただきたい、あれの暮して行けるだけのことはしておいて帰りたいと思いますからね」
「そうしてお上げ申した方がお嬢様のお為めならば、ずいぶん御周旋を致しましょう」
「無論、その方があれのためになる、それでは万事よろ
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