まいました。
そこで、取組み合い、なぐり合い、引掻き合いが見ているうちに起り出し、女子供は泣きさけんで救いを求めるの有様です。
高いところで見ていたお角は、直ぐにその目の下の混乱によって、また始めやがったなという苦々しい表情です。
「オレ[#「オレ」に傍点]のだい、オレ[#「オレ」に傍点]のだい、オレ[#「オレ」に傍点]の下駄だってえばよう」
下卑た声が甚だしい耳ざわりで、混乱の中から起るのを聞いていると、たしかにこの混乱の原因は、下駄の擁護から起っているらしい。人より三分間ばかり下駄を後に穿《は》くか、先に穿くかという問題から、なぐり合い、つかみ合い、引掻き合い、取組み合いが起ったものらしい。どうもそのほかには、お角にも原因らしいものが見当りません。
幸いに、お角は少しばかり高いところにいたものですから、この混乱の現状を、活動写真を見るよりも鮮やかに見て取ることができました。しかし、お角は、この騒ぎは、甲府の一蓮寺の時のように、大事《おおごと》にはならないと見て取りました。混乱するだけ混乱させ、取疲れるまで取組ませておけば、おのずから静まる性質のものだと、タカ[#「タカ」に傍点]をくくっていたのです。
「オレ[#「オレ」に傍点]のだい、オレ[#「オレ」に傍点]の下駄だと、先刻《さっき》からいってるじゃねえかよう」
こういう場合の噛《か》み合いの特長は、きまった相手というものがなく、最も手近なところにあるありあわせの頭がその相手であります。喧嘩の上手というのは、最も僅少の時間に、最も多くの頭をなぐり、素早く身をひく人間のことで、その最も拙劣なのは、最も多くなぐられながら、その一人の相手をもつかまえることのできない人間であります。
しかし、下手も上手も、共に一時《いっとき》で、お角の見込み通り大事に至らずして、やがて、この活劇もおしまいになり、千秋楽のお景物として、一つの愛嬌を添えたもののように消滅してしまったのは、いよいよ市《いち》が栄えたと申すものです。
それをお角はひややかに笑い捨てて、ざっと場内をめぐり歩くうち、ふと、例のところへ来て、場外を見ると、以前にながめた通り、そこは回向院境内の墓地であります。
お角のながめることがもう少し早かったならば、そこに以前の一行がおまいりに来ていて、ことにその中には、お角の熟知しているムク犬も加わっていたこと
前へ
次へ
全144ページ中137ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング